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色とりどりの棒

いろいろな棒と思考の記録帳

あーなーやぁぁぁぁ!!

ちょっと参ったことがあって、ちょっと疲れた。そういうわけで気晴らしにくだらなすぎる文章を書きます。塾の先生をしていてちょっと面白いことがあった話。

教科は古典で、伊勢物語第六段の有名な「芥川」を読んでいた。

この「芥川」は、男が長年求婚しつつ叶わなかった女を盗んで逃げだすところから始まる。しかし夜も更けて土砂降り、しかもめちゃくちゃ雷が鳴っている(平安の雷は鬼が出る予兆)という最悪の状況。なのに女は草の露に興味を持ったりしてるありさまで、危機感ゼロ。仕方ないので男は芥川のほとりのあばらやに女を隠して自分は見張りに立ち、夜を明かすのだけど、

はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に喰ひてけり。 「あなや」と言ひけれど、神鳴るさわぎに、え聞かざりけり。やうやう夜も明けゆくに、見れば、率て来し女もなし。足ずりをして泣けどもかひなし。

白玉か何ぞと人の問ひしとき露と答へて消えなましものを

教科書の文章はこれで終わり。まあとにかく、鬼が出てきて女を食べちゃうのである。男は翌朝やっと事態に気づいて、「足ずりをして泣」き、こんな和歌を詠むのだ。哀しいね。

で、学習的にこの話で一番やりたかったのはやっぱり助動詞や和歌の部分だったが、これが思わぬ方向に転んでしまった。生徒が、「女の叫び声が『あなや』はさすがに無理くないっすか?www」とかいってツボにはまっているのだ。はぁ、今回はもっとしんみりやりたかったのになんなんだこの展開。しかし言われてみれば確かに不思議だ。現代人が鬼に喰われそうになったなら、「ギャアァァァァ!!」とか「オワァァァァ!!」とか、そんな声が出るだろう。それに対して「あなや」は、鬼が出てきたときのリアクションとしてはいかにも言いにくすぎる。「あ→な」も「な→や」も、まあそんなに簡単な発音ではない。ではいったいどんな感じに女は「あなや」と言ったのでしょうかね。僕と生徒は3つの仮説をたてた。

仮説1:「あーなーやぁぁぁぁ!!」という感じに、激情した様子でのばす。

現代人の「ギャアァァァァ!!」に習って、音節ごとにのばして長く発音すれば、発音の難しさ問題は解決される。肺活量が求められそう。しかしそのぶん叫び声としては優秀。

仮説2:「あらまっ!」的なノリで「あなやっ!」と軽く短く発音する。

あら意外だわ、みたいな。ご近所さんに出くわすくらいならこれでもいいかもしれないが、鬼が出てきて「あらまっ!」は違う気がするのでやや微妙。

仮説3:「あなや…」という感じで静かに発音する。あなや、もののあはれ………的な。

高貴な身分の女なので何があっても叫ばないという可能性がこれ。いとめでたき唐紙を漉きたる扇にて口許を隠しつつ「あなや…」とか言ってほろほろ涙を流してるイメージはある(実際の貴族がどうであれ、どうせ物語だしな)。

どういったところで当然真相は不明だが、「あなや」を敢えて分析すれば感動詞「あな」と間投助詞「や」が組み合わさったものだろうということはわかる。さらに、「あな」は「あなかま」等の用法から類推するに、強意の意味を含む副詞的語法があるように思う。こう考えると単体の感動詞「ギャアァァァァ!!」などと「あなや」とは若干文法的形成が違って、後者の方がもう少し複雑なのだ。だから一番有力だと思っていた仮説1で発音するのはもしかしたら「あなや」に失礼(?)かも知れない(?)。まあだからなんだと言われるとそれまでなんですが、それまでなんですよ、はい。

こんなわけで、「あなや」談義で授業の時間を激しく浪費してしまった。あとふたりでいろんな「あなや」を試していたのでなんなんだコイツらと思われてただろう。真面目に仕事しろよ。

ちなみにこの第六段にはあまり知られていない続きがある。実は鬼に喰われたわけじゃなくて、女の兄ちゃんが盗まれた女を助けに来たのを、男が鬼に喰われたと勘違いしただけ、という経緯がネタバレされるのだ。いや 女をなくした男の悲しいLOVE みたいな趣旨のエモ物語かと見せかけ、最後になって暴力的なまでに現実に引き戻してくるこの話が、僕は大好きです。やっぱり女を盗むのはダメなんだよ。わかったか在原業平め。

とにかく本当は鬼じゃなかったという事実も、ここでの「あなや」発音研究の参考にされたい。

あと卒論をやれ。