色とりどりの棒

わかりたい

月曜日からヤビツ峠

 

どうでもいい前段

何でもない月曜日を休みにしたはいいが、遊んでくれる人もいなそうなので10時まで寝てからピアノを弾いてみたりしたのだけど、13時頃には滅茶苦茶に暇だな以外の感情が消滅し、仕方ないのでツイッターを見たら、水道法が改正されて日本の上水が危ないらしいというのを思い出し、上水が駄目ならやはり美味しい湧水しかないので、自転車で丹沢に美味しい湧水を捜しに行こうと思い立った。

「丹沢で自転車といえばヤビツ峠があるな……」と考えだしたのは輪行の電車の中だ。これまでいろいろな峠に登ってみたけど、神奈川県に住んでいながらヤビツには登ったことがない。あそこはその知名度の故、僕のような運動能力の低い人間が休日に行くと、寂しい峠道のくせに交通量も多く、ガチ勢の自転車にも抜かれて、ものすごく精神的ダメージがでかいという。気が向かなかったのだ。

運動のできない特に男子は、よっぽどいい環境にいない限り、大抵は中学くらいまでそのことで苦労し、憂き目を見ることになる。僕は短距離走は人並みに走ることができたけど、球技の強烈な下手さと持久力のなさが (さらに悪いことには、文化部、鉄道おたく、背の順では先頭か2番目だったことも) 災いし、半ば必然的に青白い小中学生時代を過ごした。運動ができないことは、やはり大変な問題だった。大学で自転車を買ってからは、速さを気にしない、疲れたらすぐ休む、誰にも迷惑をかけない、という全く成長しない代わりに気負いもしない自転車の乗り方をして、それは結構楽しいことだった。運動は楽しい。でも中学生までの後遺症があるので、誰かと競争したり極限まで追い込んだりするのはちょっと嫌だ。

しかし、平日ならヤビツ峠といえども誰もいないのではないだろうか?誰もいないのならタイムアタックの真似事をして、仮に途中で降参しても、別に恥ずかしくないのでは?と思った。

そう思ったので、登ってみた。秦野駅に着く頃には、そんな思考になっていた。

 

本題

秦野駅からほんの数分走ると、名古木という名前の交差点があり、そこがヤビツ峠の始まりといわれている。ストップウォッチをセットして、いざ出発だ。未知数だけど、目標は50分にした。次に自転車から降りるときは標高761m、ヤビツの頂点にいるのだと考えると、峠好きとしては結構高まる。

と意気込んだが幸先が悪く、スタートから1kmも離れない街中で、防災頭巾を持った小学生の集団・道路に水を撒くおばちゃん・信号などに道を阻まれる。注意が必要だ。そして前半1/3くらいを占める街中の区間は、心を折るのに十分な斜度があるストレート区間でもある。早歩きくらいの速さでなんとか進む。15分くらいかけてなんとか蓑毛バス停を過ぎる。

すると道は森林の中に突入し、雰囲気はいよいよ峠らしくなる。ここは斜度が落ちるので何枚か残して無理なく進める。眼下の市街がどんどん小さくなり、遠くに相模湾まで見渡せる。車の気配はなくなり、代わりにホトトギスの声が聞こえる。楽しい。随分たくさんのカーブを進むと、やがて展望台がある。ここまで35分くらいかかった。20分で着く人もいるらしいけど最早悔しくもない。

 展望台を過ぎると、雲の中に突入した。右も左も前も後も真っ白で何も見えない。ホトトギスの代わりに悲しげな虫の声が聞こえる。どこからともなく獣のにおいがし、暗い山中にひとりでいることが怖くなってきた。なぜか探偵社の古い看板があり、それがまた不気味なのだが、間もなく霧の中に突然頂上が現れてゴールだった。目標には届かず54分で着いた。街中の区間で力を使わずに、後半に体力を残しておけばもっと早く着いたかも知れない。平日に来た甲斐があり誰もいなかったので、ショパン英雄ポロネーズを熱唱した。日光と無縁の暗い峠はかなり不気味で、熱唱はその不気味さへの対抗策だ。

 

麓に降りてから、途中の展望台あたりで自殺者が見つかったことがあるらしいと知った。そうだ、そういえば湧水を全然捜していない。次は真面目に捜そうと思う。美味しい湧水でうどんを造りたい。