色とりどりの棒

わかりたい

契島

※この記事には問題行動が含まれているので、真似をしないようにお願いします。

 

さて次の国内旅行をどうしようかと考えるとき、よく使う手段が「Googleマップで当てもなく航空写真を見る」ということである。ある日、ちょっとだけ仕事をサボりつついつものように航空写真で瀬戸内海周辺の上空を徘徊していると、何やら怪しい島影を発見した。

 

それが私の契島との出会いだった。

 

航空写真。 https://www.google.com/maps/@34.2969528,132.9028717,697m/data=!3m1!1e3?entry=ttu

 

契島は全体が余すことなく厳めしい工場になっており、その見た目はまるで長崎県軍艦島*1のようだ。しかし、軍艦島は既に役目を終えた廃墟なのに対して、こちらは現役。そうなれば、俄然この目で契島の光景を眺めたいと、いう欲求が生じてきたのである。

 

もちろん全く観光地ではないし、どんな場所かも分からない、それに関係者以外は島への上陸が許されていないとの情報もあり、不安要素しかない。同行者に迷惑がかかるかも知れないので、今回は一人旅と決めて、呉線の竹原駅へと往く。

 

竹原駅から三井の大きな工場を横目に歩き、契島航路の船着き場と思われる場所へ向かった。しかし、小さな桟橋に停泊している船には人影がなく、近寄ってみても一般旅客船かどうかさえ分からない。瀬戸内の静かな波に停泊船がゆられて、ちゃぽんちゃぽん、という音だけが響いている。不安な気持ちで40分ほど逡巡していると、向こうの方から一人の男性がやってきた。そして彼は迷うことなくその停泊船の客室に乗り込んでゆくではないか。

そうとなればこの船が契島行に違いない、ということで、すかさず(しかしすました顔で)私も乗り込む。しばらくすると運転手さんらしき方も乗り込んできて、何のアナウンスもなくタラップを外していざ出航。ゴゴゴゴゴ。

 

こうして、部外者の私にとってはとんでもない航海が始まってしまったのである。

船室

 

酷暑の竹原港を出て、涼やかな海風に吹かれながら景色を眺めていると、緑の多い瀬戸内の島にあって明らかに異質な島が浮かんでいるのが見えてきた。これが契島だ。遠く瀬戸内海まで来て一体何をしているのだ、という後ろめたさと相俟って不思議な感慨がある。

契島遠景

近づいてくる

 

島が近づいてくると、ディテールが明らかになってきた。中央にはひときわ高い煙突が聳え、北側には「ケーブル敷設・投錨注意」の黄色い文字。島で働く方々のものだろう、住居のようなものも見える。

やがて契島の桟橋に到着すると、3人ほどの乗客は黙って船を後にしていった。

 

……あれ?運賃はいつ払うのか?

 

ここで、この航海が私にとって大変問題を孕んでいたということに気づいた。そもそも竹原-契島航路は、契島で働く社員専用なのであり、部外者が乗ってよいものではなかったのだ*2。社員は無料で乗船できる為、運賃の徴収システムも存在しない。私は社の専用船に(広義の)無賃乗車をしてしまったわけだ。申し訳ない気持ちと居たたまれない気持ちを抱えながら、そうはいってもこの地で船から追い出されたとしても当然行き場はないわけで、船で待機するしかない。そして、帰りの船が出るまでは50分もあるらしい。

幼少期の、何か隠していた悪事が露見したときのような感覚、自分が小さくなってしまう感覚に身がすくんだ。

 

さて、目の前にはコンクリートで固められた海岸線をはみ出すようにして、所狭しと工場設備が配置されている。桟橋の向こうは現役の亜鉛精錬工場の世界で、安易な立ち入りは命に関わる。船にいても独特の金属的な匂いや絶え間ない機械音が混ざり合い、ここが普通の島ではないことを五感で味わうことができた。

 

 

小型船での50分間が過ぎたようで、ようやく再びエンジンがかかった。出航直前になると、工場での仕事を終えた方々が次々に乗り込んでくる。皆さま、本当にお疲れ様です。

この船において仕事もせずにふらふらと迷い込んできたのは、まったく私だけなのだ。そのことが情けないような、申し訳ないような、しかし行きたいと思った場所に本当に行くことができた達成感があるような。

船が竹原に到着すれば、そんなごちゃ混ぜの気持ちに急かされて、港を振り返ることもせずにそそくさとその場を後にした。

 

 

*1:正しくは端島という

*2:後にわかったのだが、この島の桟橋に合法的に行く方法があるようだ。まず近海の大崎上島旅客船で向かう。そこから生野島方面の町営船に乗り換えると、契島を経由することができる。ただし、同じく契島での下船は不可である。